

およそ17世紀〜19世紀にかけての、奥州街道・柳生街道・伊那街道の宿場・商業建物や、
武家屋敷の供待として使われた建物が展示されています。
当時の交通事情などを思わせる、馬屋を広く備えた宿をはじめ
まだ貴重だった油や薬を売る商家・武家(の門)などが立ち並びます。
展示されている商家の「三澤家」では、江戸時代当時「組頭(町内会長のようなもの)」を勤めていたため
武家ではない平民でありながらも、ある程度正しい家柄であることを認められ
門構えと前庭つきの建築様式が許されていたそうです。
武家屋敷の門に備えられている「供待」というのは、
家来が主人の帰宅を待つために使用された控え室だそうです。
供待の中でじっと主人の帰りを待つ忠義深い家来の姿を想像すると
当時の武家社会での礼を重んじる重厚な精神がひしひしと伝わってきます。
宿場はそういったことから、江戸時代の華やかながらも格式高い階級社会をうかがわせる
とても興味深いエリアとして展示されています。
